11870877_710186932452191_2944662988548495833_n

☆応援クリックを1日1回宜しくお願い致します。
(現在15位 / 249人中)

経営のカリスマ

現・パナソニックの創業者

松下幸之助さんをご存知でしょうか?

 

今回は、

彼が乗り越えた様々な逆境から

 

今の不況にどう立ち向かうのかを

見ていきたいと思います!

 

従業員の向上と幸せを!

 

大正9(1920)年3月、

株式市場の大暴落が起こり、

リストラや企業倒産が続くなか、

 

「従業員の向上発展と

福祉の増進を計らねばならない。

 

また、従業員の福祉と

向上を計ることが『経営主の務め』」

 

という幸之助さんの思想は、

当時の荒々しい資本主義とも、

 

戦闘的な社会主義とも違う、

第3の道を目指していました!

 

さらに、

大正12(1923)年9月、

 

関東大震災という

未曽有の大災害がおきたときも、

松下は、得意先の主人たちに

 

「売掛金は半分だけいただき、

これから納める品物の値段は

震災前と同じ」と提案したのです。

 

え~と、これを聞いて、「ええっ」と、

得意先の主人たちは

目を輝かせたそうです!

 

当時、極端の品不足のため、

値段も数倍となっていましたが、

 

それを前と同じ値段で、

いくらでも供給しようというのです!

 

その条件でも、結局は

全額回収できたので、

 

「松下」に対する東京での信用は

この件で一気に確立されました!

 

20160423061945

工場はまた建てたらええがな

 

昭和9(1934)年9月、

室戸台風が大阪を直撃し

松下の第12工場が倒壊しました。

 

工場長が工場の残骸を見て

茫然としたところへ来た幸之助さんが

 

「工場はまた建てたらええがな、

人間さえ無事やったら」

 

さらに、「松下の大事な得意先に

『お互いに頑張(きば)ろうやないか』

 

という意味で見舞金を届けたいのや。」

と言ったのです。

 

自ら最大の被害を受けながらも、

従業員を気遣い、

 

さらに得意先まで励ます

幸之助さんの行動に、

 

従業員は奮い立って、

工場再建は大車輪で進みました!

 

和親一致の協力!

 

松下が発展した大正から

昭和前期の日本は

 

不況、震災、恐慌、台風、敗戦と、

危機また危機の連続でしたが、

 

それらの危機を乗り越え、

そのたびに松下は大きく発展!

 

幸之助さんの

「人を作り、人を大切にする」

という経営は

 

従業員や得意先との

「和親一致の協力」を生みだし、

 

それによって

度重なる危機を乗り越えてきたのです!

 

う~~ん、現在

日本は不況の底に沈んでいますが、

 

この「和親一致」の精神を

今一度思い起こせば、

 

企業が繁栄できるだけでなく、

従業員をも幸せにすることが

できるのではないかと思います。

 

○○○☆今日の一言★○○○

~和親一致の協力が大切~

○○○☆★○○○★○○○

 

生天目 佳高

 

http://d395.xyz/?u=8

実績圧倒!月収100万円以上を約14人輩出、

月収50万円30人以上も成功者を出した、

生天目式コーチング・極秘ノウハウ盛り沢山

ハイパー公式メールマガジン】

★大好評発信中!^^★

 

 


コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。 * が付いている欄は必須項目です

次のHTML タグと属性が使えます: <a href="" title=""> <abbr title=""> <acronym title=""> <b> <blockquote cite=""> <cite> <code> <del datetime=""> <em> <i> <q cite=""> <strike> <strong>